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『三体』を読んだ

今回は、できるだけネタバレを避けて三体を読んだ感想を述べてみます。

書評

劉慈欣『三体』立原透耶監修、大森望、光吉さくら、ワン・チャイ訳 (早川書房)

本書は異星文明とのファーストコンタクトをテーマに掲げているハード SF である。異星文明に関するとてつもないストーリーだけでなく、ナノマテリアルや惑星の運動など幅広い科学的トピックが網羅され、中国社会の歴史が描かれる。さらに、名だたる科学者たちの相次ぐ自殺や理解しがたい"奇跡"、そして奇妙な VR ゲームなど、それだけで SFが一つ書けるほどの要素が多数登場する。これはまさに SF の百科事典ともいえる超大作であり、非常に読み応えがあった。そして、物語は単なる SF の枠にとどまらず、科学的思想にまつわる哲学書としても読むことができるような、鮮明に描かれたものとなっている。先ほども述べた通り、三体は異星人とのファーストコンタクトをテーマにした作品である。物語の主人公である汪淼は科学者たちの相次ぐ自殺について調査することになる。調査を続けるにつれて、彼の周りで不可解な出来事が増え、それらは次第に彼が理解しようとする世界の枠組みを超えていくものとなった。最終的に、彼、そして地球文明が異星文明の存在に気づき、地球文明は異星文明に大きく影響されることとなる。

本書の大きな魅力の一つは、まさにこの異星文明に対する地球文明の反応だろう。本書には象徴としてのコンタクト理論という架空の概念が登場する。その主張は「地球外文明との接触はただのシンボルもしくはスイッチにすぎず、その内容にかかわらず、同じ結果が生まれる。」というものだ。地球文明が異星文明の存在を知ってから、彼らは降臨派・救済派・生存派の三つの派閥に分かれた。これまで異星文明が地球文明に送ってきたのは電波のメッセージだけであるにも関わらず、どの派閥も集団心理と文化という拡大鏡を通じて、異星文明へのあこがれと崇拝、欲望を抱いた。本書では地球文明の人々の行動がこの理論を裏付けるかのように描写されており、その描写は非常にリアルであるため、実在するのではないかと思ってしまったほどだった。実際、本書を読み終えてからインターネットで調べるまでは、これが架空の理論であることに気づかなかった。そして同時に、現実へのこの理論の適用を考えざるを得なくなった。そうした深い問いを考える余地を読者に残してくれるという点でとても楽しい体験ができた。

象徴としてのコンタクト理論の他にも、本書を読み進めていくと非常に深い考察ができる箇所が多く出くわす。作中では「三体」と呼ばれるフルダイブ型の VR ゲームが登場する。そのゲームは恒星が三つある惑星の文明で暮らすという設定である。このような状況を天文学では「三体問題」と呼び、求積的な解が存在しないことが知られている。つまり、天体の運動は非常に複雑であり、予測することが困難である。ゲーム内の人々は天体の動きを予測しようと努力するが、その試みは容易ではない。特に興味深いのは、ゲーム内のキャラクターによる考察をプレイヤーであり、物語の主人公である汪淼が否定しようとする際に、その考察がしっかりと実験的に否定されている点であった。汪淼とともに、なぜキャラクターの考察では不十分なのかを考えることは、非常に面白く、科学の疑似体験として非常に有益な経験だった。

本書で体験できる思想は自然科学のものだけではない。驚くべきことに、物語は中国の文化大革命のシーンから始まる。三体の世界観が暗示され、同時に人々の狂気の片鱗を体感することができる。文化大革命で殺害されていく研究者の姿から研究者・技術者の倫理についても思考を巡らせることができる。そのあとには、沈黙の春についてのシーンがあり、我々が当然だと思っていた行為について、本来は邪悪なのではないかといった、構造的差別などの問題にもつながる思想にも触れることができる。本書のこれらの濃密な体験は、改めて科学への態度、人類社会、宇宙など様々なテーマについて考える良いきっかけを与えてくれるように感じた。